左海に月を逐いて、双峰に夢を遺す
「新藝術派の特質、位置」では新興芸術派・プロレタリア文学論争が取り上げられ、ブルジョア文学から新芸術派文学への進化が説明されている。その特質については、形式・角度・手法の違いとプロレタリア文学と比較した新芸術派の強み等が述べられている。
雅川滉(成瀬正勝)のこの文学論は、新興芸術派・プロレタリア文学論争を論じ、新芸術派に対する批判に対抗するもの。彼は芸術の真実性についてマルクス主義からの批判を反駁し、思考と芸術、記録と芸術とは選別すべきであると主張。そこから、芸術作品の思想重視が文化状態が未分化だった古代と関連付け、現代は文化状態の分化期であると述べ、芸術における新しい角度の必要性を強調している。
昭和初期には、新興芸術派とプロレタリア文学者間の論争があった。新興芸術派の久野豊彦の論で、彼はプロレタリア文学の非現代性・取材範囲の狭さ・陳腐な表現に批判的。逆に文学は現実を新鮮に意識させる技術と主張。古典的理想を清算し、新芸術派が社会問題を解決する鍵とした。
新興芸術派とプロレタリア文学者間の論争の中、プロレタリア文学者の間宮茂輔の考えを紹介。間宮は新興芸術派を商業出版資本主義の利用されたものと断じ、彼らの作品が新潮社による広告力で売られ、やがて捨てられると主張。また、新興芸術派の作家たちはモダニティを持っていると認識しているが、彼らが未だ少数であると論じた。さらに、「ブルジョア、インテリ、プロレタリア層」の三つの対立関係を理解し、モダニティに対する真っ当な理解がなければその作品は評価に値しないと述べた。
新興芸術派の雅川滉による「藝術派宣言」は、この派の思想――すなわち、芸術派が主義の枠を超えて、芸術の自由を尊重し革新的な視点を追求する立場――を説明した。
この文章は三つの部分に分けることができます。まずは初めの部分で、日常生活すなわち文化の問題を論じる部分です。次は当時日本人の古典でなく「現在」(執筆当時)の中国の認識不足に対する指摘です。最後は戦火に巻き込まれて灰燼に帰した文化の無力さを嘆く部分です。